静かに暮らしたい父親の記録

中学受験、ADHD、子供と親の問題回避の記録

言葉ナビ下巻の登場と仕事をするための語彙力

先日、SAPIX小学5年生の長男が、言葉ナビ下巻を持って帰ってきました。

言葉ナビは、漢字(対義語類義語などもろもろ)やことわざ、慣用句などがひたすら説明されているイカしたテキストです。毎月のテスト範囲にも含まれてます。 

 

ざっと見てみると、4ページに一つくらいの確率で自分も聞いたことのない用語・ことわざが出てきます。

自分は仕事の一部として日本語のライティングをやったり教えたりしているので、言葉には強い、、一応プロのはずですが、その視点から見てもちょっと難しいです。

小学生より上の学生だとしても、全部知っていたら感心するレベルです。

全部を覚える必要はないなぁ、と思います。

 

自分は中学受験はしていないし、大学も大したレベルのところを出ていません。ことわざや語彙を単独で勉強した記憶もない。

基本的には、本を読む過程で、文脈やその背景の環境・テーマ・筆者の属する文化と合わせて覚えるものだと思っています。

言葉だけ取り出してきて、単独で結構がんばって記憶している子供の努力や記憶力はすごいですね。

 

自分は、若いビジネスマンを相手に、日本語のビジネスライティングを教える機会がたまにあるのですが、まずスタート地点が人によって大きく違うと感じます。

この違いは単純で「読書をしてきたか、してこなかったか」です。

仕事をし始めるのは20代そこそこからで、それまでの20年の積み重ねによって差が出る、というイメージです。20年という時間は、ちょっと勉強したりテクニックを身に着ける程度ではひっくり返りません。

読書をしてこなかった層には

「できる人とは20年くらいの差がある。これは5年10年では取り返せないほどの違い。さらに、これまで読書をしてきた人達は今後も日常的に読書をし続けるので、差が縮まることはない。そのくらいの自覚を持ったほうがいい」

と伝えています。もちろん、それ以外にも色々伝えますが。

 

次に感じる違いは「自分で文章を書いてきたかどうか」です。

この差は、若いうちにはあまり表面に出ません。30代くらい、管理職に近づき始めると唐突に表出します。

管理者になると、自分で作文する機会が増えるのです。そこで初めて、自分の語彙力の貧弱さに気付きます。説得力のある提案文書が書けない。部下へのフィードバックのコメントに変化をつけられない。強い意志や真意を伝えられない。

とはいえ、ここは頑張りどころで、努力するとなんとかなります。最近は、大人の語彙力を教える本も出ているので、よく読んで、そして書く機会を増やせば上達します。

と、言っても、実際は偉くなれば「自分より書ける人間を確保する」という選択が持てるので、それで何とかなっている人が多いですね。

 

なんにしても、若いうちから、というか子供のうちから「自分も成長する過程で文章を書くことになるんだ」という意識を持っていると良いと思います。

もちろん前提として「読書をたくさんする」というのは当然のことですが。

自分も書く、という意識を持っていると、知らない言葉に出会ったときに「これは格好いい、きれいな表現だから自分もいずれ使いたい」と思います。思わないかな。。

少なくとも自分はそう思って、いつも辞書を片手に読書していました。

なので、言葉は読書の過程で覚えていた、自分で書くという意識だから(たぶん)覚えられた、という話です。

 

これも、中学受験をする子供には難しいですね。勉強する時間のせいで読書時間がとれないという意味の分からないジレンマがあるので。

国語の教材やテストで扱われている作品の中で、少しでも子供が興味を持ったら、たとえすぐに読まなくても、その本を買ってあげるのがいいと思います。

 

ちなみに、言葉ナビ下巻の最後のほうに「野球にまつわる用語」なんて項目があり、野球用語とか野球から来た言葉(外野がうるさい、とか)の説明が載っていました。

これは、作家あさのあつこ氏のせいですね。残念。